withmammy 厚木

ブログ

With Mammy 山田啓子のヒストリー

2021.07.18

こんにちは!

今回は改めて、私の人生ヒストリーをつづりたいと思います。

生い立ち、なぜこの仕事をやろうと思ったのか
とても思い出したくないことも赤裸々に書いていますので(笑)
ちょっと長いですが、お読みくださいませ🍀

そして少しでも多くの「我慢しているママ」が自分自身の子育てを
楽しめる環境を作るきっかけに繋がれば良いなと思います。

<自己紹介>

神奈川県厚木市で、家事代行やベビーシッター、育児相談など
ママたちがゆとりをもち、笑顔で子育てが出来るように心と環境を整える
子育てコンサルタント、山田啓子と申します。

独立起業して3年、家事代行や育児相談等のサポートは1500回以上に上ります
家事代行についてはクライアント数は多くはないですが、
3年間継続してくださっているお客様が多く90%はリピーターさんです。

子育て相談サロンままカフェという、ママの子育て相談コミュニティも3年以上開催しています。
毎月2~3回、通算3年で100回以上、ママ達に役立つ内容の講座や、イベント、相談会などを開催しており
その中でママ達の子育ての相談をお聞きし、ママ達が少しでも心が楽になるようにケアをさせて頂いていました。

最近ではよりママや家族のお悩み解決に向けて、育児カウンセリング
親子や夫婦の会話が5倍楽しくなるコミュニケーション講座などをしています。

そういった活動は、地域のフリーペーパーやタウンニュース、市の広報誌、TVKなどに取り上げられてまいりました

 

<私がこの仕事を始めたわけ>

「私はお母さんが嫌いです」
私は長野県の小さな村で、母子家庭で育ちました。

 

物心ついたときには祖父母の家で暮らし、しかも精神疾患持ちの叔父との5人暮らし
母はいつもイライラしていて、忙しそうで、私は幼心に大変そうだなと感じていました。

割と子供に自分のやり方を押し付ける母で、あれは良い、これはダメと母の思うレールに沿って生きてきました。
いつも母の機嫌を伺ったり、困らせないように、母が少しでも楽になれる様お手伝いなどしていました。

そりゃ母親一人で子どもを育てるのは、とても大変なことだと、子どもを持った今は思います。
そんな子育てや仕事を頑張っていた母の、唯一の楽しみは今でいうママ会でした。
昔からママ同士、お話する場所は重宝されていたんだなと思います。

日々頑張っていた母でしたが、会社の倒産、転職、転職先のいじめと苦労が続いてしまい
私が高校生の頃にうつ病を発症しました・・・

もともと母は、そんなにコミュニケーションがうまくなく、人に流されやすかったり
自分の想いを伝えることがとてもヘタな人で、いつも人間関係で苦労していました。
なのでいじめの標的にもなってしまったのでしょう。。。

高校生の私は、うつ病なんて少ししたら治るでしょ。さっさと元気になってよ。
私に迷惑かけないでほしいとか、お母さんのせいで希望の進学校に行けなくなった
ホントは音大に行きたかったのに、家計の為に働かなくちゃいけなくなった。
なんで私は思うような人生を送れないんだろうと、母を面倒に思うようになりました。

 

そんな母にコミュニケーションをちゃんと教えてもらえず育った私はやはり
小学校中学校の間、既定路線でいじめにあいました。
貧乏だったから、見た目や服装もダサかったし、私さえよければすべてよしという考え方だったので
周りから見たら、異質な存在だったんだと思います。

 

あとうつ病になった母は、昔から過干渉でしたが今まで以上に私に執着してくるようになりました。
私の行動や持ち物にものすごく関与してくるようになり
酷い時には私が出かけた際に、部屋に入り引き出しを漁り、問題になる物や事はないか
日々チェックするようになったり、行動を制限するようになりました。

母の価値観以外の事はしてはいけない、私の考えはすべて間違っている
幼いころから洗脳され続け、さらにいじめで精神を抑圧されていたこともあり、
次第に私はあまり自分の意見を言わなくなり、自分の考えや想いにふたをして考えないようになりました。
高校に進学して、いじめはなくなりましたが、あまり人と深く付き合うことに抵抗があり
人とは表面上、楽しく付き合うが本音は言わない、心から信用して付き合うことを無意識に避けていたかもしれません。

そんな私が、社会人になって、多世代のいろんな価値観を持つ人と触れ合う中で
「私の考え方や行動っておかしい?」と思うようになりました。
むしろ、私がおかしいのではなく、偏った価値観の我が家がおかしいのでは?

ちなみに私には

毒親の影響で、人と話すときに
異様に緊張して言いたいことを
押し込めてしまう!

また、人が不愉快になる
言動というのが分からなく
自分がおかしいという意識がない!

という、致命的な欠陥があったのです💦

今まで自分の常識と思っていたことが
全く通用しない世の中に放り込まれ
あ、うちっておかしいんだなと気づくのです。

周りの人が、幸い良い人たちが多かったので
そういうところを、注意してもらいながら
コミュ障を少しずつ改善していけたので
私は本当に運がよかったんだろうなと思います!!

 

ただ、家族の呪縛に
気づいてしまった私は、家族への信頼がどんどん失せてしまい、このままでは私の人生は親に吸い取られる
そう思った20歳。逃げるように上京しました。

 

<合コンクイーンだった20代>

母の呪縛から逃れた私は、某超有名企業の工場勤務を始めます。

いわゆる普通の一人暮らしができた私は、工場で女友達をたくさん作り楽しい毎日を過ごしました
ざっくばらんな人が多く、相手から話しかけてくれることが多かったので
わりと人とコミュニケーションが苦手な私でも
受け入れてもらえて、そこではあまり気を遣わずに話すことができていた気がします。

特に親友となったMちゃんとはほんとに気が合い、毎晩一緒に飲み歩き朝帰り(笑)
そのまま仕事に行くなんてことはざらにありました。
酒臭いまま仕事してたりw

プリクラを取りに行ったり、夜通しカラオケもしたり、だれにも束縛されない毎日を謳歌しつつも

ダメダメ女子路線まっしぐらでした!!

おそらく、家庭環境が良くなかったので人のぬくもりに飢えていたんだと思うのですが、合コンにも参加しまくり!
そこではなぜか??なかなかのモテ女っぷりでして(笑)

そこで男性と話しているうちに、どのように言ったら人が喜ぶとか
悲しむとか、思い通りに動かせるのか、
この時にものすごく体感しながら学びました!

言い回しや行動一つで
面白いくらいに、ころっと落ちるんですよ(笑)

私のコミュニケーション力の原点はここだったのかもしれません。

この工場勤務を経て、自分自身に自信が持て始め
人との関わり方が上手になってきたな~と実感したのでした。

 

<結婚そして出産>

 

紆余曲折あった私も、素敵な男性と知り合いお付き合い1年を経て、結婚することができました。
趣味や考え方も良く合い、収入も安定していて、この人ならきっと暖かい家庭を作れるんだろうと思いました。

そのころ私も仕事を転職し、リクルートのタウンワークを作る仕事につき、毎日遅くまで残業をすることが多くなりました。

お互い日付をまたぐ日もしばしば。
それでも家事は私の担当で、旦那はほぼ何もしない。やってもらって当たりまえ。
やってほしいというと理不尽に論破をしてきて、なぜか結果私が悪くなるという。

圧をかけられると、思考回路がストップしてしまい、なかなか言いたいことが言えない
私だって仕事してきて疲れてるのに・・・
お互い協力してやることも大事じゃないだろうか・・・

そんな想いもありましたが、私は自分が我慢すればいいんだろうと、言いたいことを言えずふたをしてしまっていました。

せっかくコミュニケーションに自信が持ててきたのにもかかわらず、心の根っこにある負のループが蘇り
本音を言えない、私のいう事は間違っているかもしれない、そんな過去の呪縛がここでも発揮されてしまったのです。

 

その影響は子どもを出産してからも。
多少は子どものお世話や、家事もやってくれてはいましたが
相変わらず旦那の仕事は忙しく、実家は遠かったので私はワンオペ。

私はワンオペの事は非常に苦しかったことばかり覚えています。
楽しかったこともあったけど、今現在も旦那への恨みつらみが心の奥にあります。
それは、おそらく思いをきちんと伝えて解決してこなかったことに問題があると思っています。

産んでからは自分の想うように自分の好きなことをするという事はできなくなったし
子供の成長は楽しくて、こどもがかわいくて仕方なかったけど、実際睡眠不足で疲れていました。

出産ギリギリまで働いていたこともあり、近所に知り合いもいないし、近所の児童館に言ってもなかなかお友達になれるような人がいませんでした。
支援センターに行っても、すでにママグループができていてなかなかそこに入ることは難しく、子育ての話をできるという訳でもありませんでした。

子育ての本を読んだりして、その通りにお世話してみたり、本の通りにやってもなかなかうまくいかないことも多く不安も多かったです。

そのたびなぜうまくいかないのか!とイライラして子どもにも八つ当たりをするし
精神的に追い詰められる感がとてもあり、本当に気持ちがしんどかったです。

子育てって一人でやるには荷が重く、頑張りすぎると精神的に参ってしまうなんて誰も教えてくれませんでしたしね。

その辺りの問題を旦那に伝えると、論破されたり怒られるのではないかと我慢をしていたのです。
真剣に話し合うとまた論破されて嫌な思いをするだろうからもういいやと💦

でも、一人で頑張るのもやっぱりしんどいから、ついつい怒って想いを伝えてしまうので、
関係もギスギスする始末…

そんな中で上の子が7か月~10か月の3か月にわたり、壮絶な夜泣きをするようになり、夜眠れなくなりました
昼間も神経が張ってしまって眠れない日々が続き、心も不安定だしイライラするようになりました
夜中泣いているのに、旦那は全然起きないで子育てを人にまかせっきり。

ただでさえ仕事で家にいないし帰りは12時くらいだし
子育ての話もできないし、疲れてるからって気を使って寝かせてるけど・・・
少しくらい気にしてくれたっていいだろー!!
こっちも初めての育児でよくわからないし、疲れてるし、眠いし
どうしていいか悩んでて助けもいないしメンタル爆発するよ!!

そんな心理状態に陥り、旦那に当たり散らしたり、子どもも叩いたり💦

 

私も夜中寝たくって、旦那をたたき起こして子どもを見ろというんだけど
旦那に任せるのがどうしても不安で子どもを取り返したり
自分は寝たいんだけど、子どもがどうしてるか気になるし
でも離れたい気持ちもあるし、旦那もちゃんとやれ!って思うし

もうよくわからない状態。。。鬱状態だったのだと思います。

そういった中でも、私がおかしくなっているのに、構わず仕事遅く帰ってきたり
気軽に飲みに行ったり・・・私はできないのに。
早く帰ってきてほしいという願いもむなしく朝帰りだったことも。
一緒に子育てをして、不安を共有して、子育てに一緒に取り組んでほしいだけなのに、なんか母親任せ…

なんでそんな普通のことも分かってもらえないんだろう
人が何でこんな風になっているのかを理解しようとしないんだろう?
俺は金稼いできてるんだからいいだろと思っているのかなと感じることも・・・
もちろん仕事をしてきてくれてお金を稼いでくれて、感謝ではあるんですけどね。

その時は、本当に旦那が憎くて仕方なかったです。

イライラする、愛情度も下がる一方(笑)

本人は手伝ってるつもりなんだけど、痒いところに手が届かないというか
言わないと手伝わないというような状態で、でも手伝ってというのもこちらは気を遣うし。。。
状況を察して、率先して動いて子育てに自ら参加するという姿勢が欲しかったなと今振り返ると思います。

せめて早く帰宅したときだけでも、お互いを思いやり、お互いを助け合い
変わってしまった環境の中で一緒に子育てを自分事にとらえてやってほしかったなぁと…

なんで当たり前のように私だけが苦労しなくてはいけなかったんだろう・・・
旦那だって仕事で大変なのはわかるけど、未知の世界で最初から一緒に戦ってほしかったなって思います。

当時は、旦那だってよくわからない状態でどうしていいかわからなかったんでしょうけどね。
こういうことを教えてくれる場所ってなぜなかったんだと思います。

 

結婚して14年経った今も、あの頃の憎しみは、心の奥底にあります。
ほんと、離婚してもおかしくなかったというか、いまだに腹が立つことなんかありますが^^;

でも、この仕事をするようになってからは、子育てやパートナーシップを学ぶようになって
親子夫婦の関わり方がうまくなったと思います!

子どもを対等に見てお話できるようになったので、相手も私を信頼していろいろ話すようになったとか
昔は旦那に言いずらかったことも、私自身の心も大事!!と思って言いたいことを思い切って伝えるようにしたり☆

旦那の本質はあまり変わらないけど、私の言葉が変われば相手の行動も変わるんだなと思っています。
本当は早い段階で夫婦で子育てや家事の事はもちろん
価値観の違いをすり合わせたうえで子育てに向かえるといいと思います。

そうすれば、産後に起こりうる問題が、上手に乗り越えられるからです。

 

私がなぜ旦那に言いたいことが言えなかったのか?
親にお前は間違っている言われたこと、コミュニケーションをしっかり教えてもらえなかったことに尽きると思います。
またいじめられたことで、言いたいことにふたをして、自分が悪いと耐えてしまう事。
いうと嫌われるとか怒られるとか、トラウマがあって言えずにため込む癖がついていたのだと思います。

必要以上に自分が我慢すればいい、自分が悪いんだと思うことで、平穏を保っていたからです。

 

<私のような人を増やしたくない>

私の場合は生い立ちも極端なのかもしれませんが…

過去も子育ても苦労したした分、人が子育てで大変な思いをしているのを見ると手を差し伸べたくなります。

私がこの仕事を始めたきっかけは

下の子が産まれて3年くらいしたときに、
ネットサーフィンをしていたら産後ケアリストという資格を発見しました。

産後のママの子育てを心身ともにサポートできる資格でした☆

私の生涯かけてやる仕事はこれだ!と思って
6か月間月一回日曜日に1日かけて勉強に行って資格を取りに横浜まで行きました。
無事資格取得はしたものの、その先の資格取得後の就職先がなかったのです!!

一度、家事代行業者に入ってみましたが
自分の想いとやらなきゃいけないことの内容が違い思い悩み・・・

いろいろ考えた結果、「そうだ!起業しよう!!」となったのです。

しかし1パートだった私に、ノウハウなどない・・・
調べて都内のあちこちの経営塾のようなところをさがして体験会に参加していました。

そうするうちに家から徒歩5分のとあるマッサージ店のオーナーさんが
経営塾のようなことをされているのを発見し、起業のノウハウを教えてもらう事になりました。
プラス、子育て相談サロンままカフェをそのサロンでやらせてもらい、ママたちの居場所作りも同時に始めたのです。

家事代行も、もちろんママたちの心のゆとりを作る、とてもやりがいのある仕事でした。
しかしやっていて、いろんなママとお話するうちに
産後起こる問題って、産後の事を知らなすぎるからじゃない?
旦那さんとのイザコザって、きちんと夫婦間のコミュニケーションが取れてないからじゃない?
そもそも夫婦も親子もそうだけど、コミュニケーションの取り方って学んでなくない??

そこさえ学べば、おおよその問題って解決してくるのではないかと確信をしました。

そこで、次のステップに進むためにコミュニケーションやコーチングを学び始めました。

 

<自分ちの危機>

実は結婚して14年目に、最大の危機が起きました。

このコロナで、家庭環境に変化が出て、旦那が家にいるようになりました!
私は旦那の面倒も見なきゃいけない上に、旦那の愚痴まで聞かなきゃいけないし

でも、自分も始めた事業を維持しつつ進化させていきたいのに思うように進められない。

旦那も仕事への不安からか、子どもに理不尽に起こる始末で、家庭がぎくしゃく
子どものメンタルが不安定になり、髪も抜けるくらいの家庭不和が起きました・・・

 

今まで私が我慢して何も言わなかったことのツケがここにきて大爆発したのです。

このまま子どもにも我慢を強いるのは違うのではないか??

今日までカウンセリングやコーチング、コミュニケーションについて学んできていた私が
本領を発揮するときが来たのかもしれません。

邪魔だったのは自分が我慢すればいい、言いたいことにふたをしていればうまくいく
表面上でなんとなくうまくいかせていればいいという、間違った価値観。

子どもの為に、今私が変わらないと、この家は崩壊していまう。と一念発起!!

自分自身、片親で育ったからわかるのですが
やっぱり両親が揃っていたほうが子どもの可能性は広げられるし
子どもが安心して成長していける
ママがニコニコ笑顔でいられる家庭がやっぱりいい!
せっかく結婚したんだから、夫婦が素直に話し合える家庭で会ってほしい

もちろん、片親でも自立して、しっかり子どもを育ててる方も多いかもしれません。

でも、やっぱり子供からしたら、仲良くしているお父さんお母さんを見ているのは本当に嬉しいものです。
せっかく結婚したのだからみんなで幸せになってほしいと私は思います。
一番身近に、一番自分をわかってくれる安心感を作っていけたら、最高の家族が作れると思います。

私は夜中12時から3時間、みっちり旦那と話し合いました。
話したというか、相手の話を聴きました。
どう思っているのか、なんてなかなか聞ける機会がなかったと思います
私が怖くて避けていたのもありますが。

聞いて聞いて、相手の想いが分かってから、私の思っていること、価値観のずれを修正していきました
旦那には旦那の思い込みがあるので、私はこうしてほしいと伝えないとわからないんだなと知りました。

結果、お互いを理解しあい、
自分が言いたいことを伝えられたり、本音を話せたことですごくスッキリし
そこから旦那との関係が良くなりました。

どこかにまだ期待をしていた自分がいたことも事実で、気持ちを旦那にわかってほしかったんだろうなと。
でもまた裏切られたりがっかりしたくないから、あきらめていたんだろうなと思います。

いやでも怖くても、聴くという事から始めて、ちゃんとコミュニケーションを取ると
ちゃんと前に進むこともできるんだと身をもって体感しています。

今は子どももとても安定していて、子どもとの会話もしっかり聴くことで信頼関係が作られています。
もうすぐ中2になる息子は、全然ママべったりです(笑)

だから今、旦那との関係がイマイチで、子どもにもつらく当たっちゃっていて・・・
と言うような方には、コミュニケーションから家庭を変えることを考えてみてほしいなと思います。

親子はもちろん、夫婦の関係も良くなっていくと思います。

1つでも多くの家庭が、お互い我慢をして過ごす空間ではなく
笑いあって、信じあって、居心地の良い家庭に変わるように
私は全力でサポートしたいと思っています。

「お母さんが嫌いです」「お父さんが嫌いです」「旦那が嫌いです」
そんな悲しい方向に向かわないように!

ママ自身が子育てを安心してすることができ
将来、自分の人生って最高だなっと感じてもらえるように!!

 

最後までお読みいただきありがとうございました!

☆☆☆☆☆

With Mammyの家事代行・ベビーシッター

コミュニケーションから家族を変える!
ちょうわコミュニケーションスクール

オンラインサロンネウボーランド

 

 

 

 

 

 

 

 

TOP